第一章:調理師

#1 稼ぐことや金銭そのものに無頓着だった10代後半

どうも、絶賛育児中のおとおしゃんです。

このブログを始めるにあたり、どうしてブログを書くことに決めたのか、また今まで何をしていた人間なのか。

そういったパーソナルな部分を、ずっと付きまとってくる「お金」のことも絡めて記録しておくコーナーです。

100万200万以上の大きな借金でなくとも、かなりリアルな金額の負債を抱えるだけでも人間結構ブルーになっちゃうし「そこから抜け出すためにどうしたらいいんだろう」と考えながらもなかなか物事がうまくいかなかったりすることも多いと思います。

私自身、それこそ大きな借金はなかったものの社会人のスタート地点も含めて選択肢を間違えてしまったかな、ということをいくつか行ってきました。

やってはいけなかったもの

やってみてやらないほうがよかったもの

知っていれば避けられたもの

そういったことを、自身の経験からゆるーく書き綴っていきます。

何か知らなかったものや、ためになることが一つでもあればと思います。

 

何も計画性のなかった学生時代

高校生3年の冬まで部活に明け暮れていて、将来何をしたいかなど全く考えていませんでした。

その日が楽しければいいと思っていましたし、彼女が欲しくてたまらない年頃だったので、「どうやったらモテるんだろう」そういったつまらないことばかり考えていました。

チャチャ丸
チャチャ丸
典型的なダメ男子高校生でござるなwww

おとおしゃん
おとおしゃん
本当のことを言うな。

県内ではそこそこ強豪校だったので、当然(というべきかどうかわかりませんが)授業のない日は朝から半日以上は走りっぱなし。バイトも経験したこともありませんでした。

それでも何をやっていても時間は過ぎるもので、部活を引退してさぁ暇になったというときにちょうど、郵便局関係の親を持つ友達から年賀状配達のバイトに誘われました。

勤務期間も3週間ほどで、高校生のバイト未経験者からすると時給は全く考えなかったのですぐにやってみることにしました。

仕事自体は慣れてしまえばなんてことはなく、あっという間に年賀状のピークをすぎました。

最終日にもらった給料は7万円ほどでしたが、当時1万円以上のお金を持ち歩いたこともない小僧だったので、その時は浮足立ったのを覚えています。

計画性のないまま調理師学校へ

年賀状配達のバイトを始める前あたりから、進路はどうするといった話が出ていました。

正直なにを仕事にするかなんていうのは全く考えていなかったので、とにかく手に職をつければ仕事に困ることはないだろうと思い、調理師学校へ行きたいと両親に告げました。

おとおしゃん
おとおしゃん
本当は料理ができたらモテるだろうな、とか考えたところから始まったのは秘密。

元々高校を出たら一人暮らしをしたいと考えており両親も自分達の経験から家を出す事は決めていたようなので、多少の反対はあったもののすんなり県外の調理師学校へ行けることが決まりました。

調理師学校に行き始めてからも、というより一人暮らしを始めてより好き勝手やるようになってしまいましたが。

(もちろん)飲食店でのバイトも始めて金銭的には少し余裕がありました。

当時かなり後発でしたがプレイステーション2をバイト代で買ったのを覚えてます。

おとおしゃん
おとおしゃん
発売から6年くらい経ってたけどね。

あっさりと就職が決まる。しかし……

その頃は仕事上はまじめで「就職先がない」というのをやたらと恐れていたので、そのままバイト先の飲食店に就職しました。

(どの職場もそうだとは限りませんが、飲食業は入れ替わりが激しいうえに基本人を雇うための人件費を多く出せないところが多いので人手はだいたい不足しています。)

今となっては良い経験ですが、この時点でお金について少しでも勉強しておくべきだったなと今でもあの頃の自分と小一時間話し合いたい気持ちがあります。

大きなホテルで「会社員」として働くのであればまだしも、私が就職したのは個人経営の店。

ここですでに自身の視野が狭かったことを痛感することになります。